ケンジの解離の事情<子供は皆から愛される>

当時、ケンジが親密に接していた友人がいました。ケンジにとって一番心を開いて話ができるその友人は、カナメにとっても魅力的に思える存在でした。

恋心という思いよりも、その友人の優しさや穏やかな笑顔といったものが、カナメにとっては何よりも素敵なものでした。本当はその友人と直接話がしてみたくても、姿そのものはケンジであり、容姿も声も男になってしまうそのことに強く抵抗を感じているカナメにとっては、どうしても叶えきれないことでした。ただただそっと密かに、その友人の笑顔を見るに留めておくしかなかったのです。それでもカナメにとっては、その友人の笑顔が大好きでした。

その頃に「ヤス」という子供の人格が生まれます。

子供と接することが好きというその友人なら、子供にはもっともっとたくさんの笑顔を見せてくれるのではないかというカナメの思いから生まれた人格です。
後にカナメはこう話してくれました。
「どんな人でも子供には無条件の笑顔で接してくれる。私はその笑顔を見たかった。」


ヤスは、他人格の皆からは「ヤスちゃん」「ヤス坊」と呼ばれ、ケンジは「子ケンジ」と呼び、皆から可愛がられている存在であり、そして他人格として一番最初に僕に話しかけてきた子供の人格が、このヤスでした。

優しい心の持ち主であり、子供らしく無邪気で、かしこく、怖がりだけど、ケンジや皆を守ろうとする気持ちをしっかり持っているそんな子です。エクレアが大好きで、絵を描くのも大好き。僕がそのことをケンジに伝えると、ケンジは色鉛筆とスケッチブックを準備してくれたようで、ヤス坊主はケンジと僕に絵手紙をプレゼントしてくれました。

家から外に出ることができません。というよりも、外に出さない方がいいという他人格たちの判断です。よく、雪が積もる日には「お外で遊びたい」と言ってきますし、桜が咲く頃になると、部屋の中から窓の外を眺め「お外に出たたいな」と言ってくることがあります。人格は子供なので、外で遊ばせてあげたい気持ちはケンジも他人格たちにもあるのですが、彼にとってはその外も危険な場所になりうるわけです。他の人格たちと違って、ヤスは主人格だとか他人格だとか、そういう違いを理解しているわけではなく、自身がおかれている状況も理解できていません。裏の世界にいるときは、他の人格たちと一緒に遊ぶことができているようですが、表の世界にいるときは、自分の身ひとつであり、大人が一緒に着いているわけではありません。ひとりでお絵かきをし、ひとりでテレビを見て、ひとりでゲームをしたり、ひとりで窓の外を眺めています。

タバコの臭いをかなり嫌います。そのため、ケンジがタバコを吸った後の臭いによって吐いたり、頭痛であったり、タバコ以外のことでもストレスによって腹痛を起こしたりすることがあります。

自宅にいるときは、他人格たちの中で表にいることが多いのもヤスといわれています。