ケンジの解離の事情 <男らしく>

思春期を迎えた中学生ぐらいの頃、男子は男子と、女子は女子と、それぞれ同性の友達と関わることが多くなってきますが、ケンジも同じように男友達と活発に行動するようになりました。

友達にもよりますがこの年頃の男子には、タバコを吸ってみたり、ちょっと悪いことをしてみたりと、そういうやんちゃな類いもいたりで、ケンジもそういった男子グループの中にいたようです。

しかし、ときにはその男子仲間の中でうまくやっていくために、ケンジが望まないことをやらざるをえないときもありました。不本意ながら、小さな生き物にいたずらをしたこともあったようで、ケンジの話によれば、そこで拒否をすれば仲間から外されてしまうということを恐れていたようでした。

男友達の中で上手くやっていくには、自分も男らしく振る舞わなければ…

この頃、彼が両親に恥をかかせることなく「生きて」いくために苦悩していたことです。

そのために「男らしく」「やんちゃに」と振る舞ってはいたものの、しかしケンジの心の中にある優しさが無くなることはありませんでした。小さな生き物にいたずらせざるをならなかったとき、とても苦しかったことを話してくれました。帰宅したあと、1人でその場所に戻り、死んでしまったその生き物を泣きながら「ごめんね…ごめんね…」と謝り土に埋めたそうです。

ケンジ自身が自分のそういった行動を許せなかった以上に、それをもっと苦しく感じている人がいました。役割分担をしていた女の子「カナメ」です。

ケンジが思春期を迎え、心身ともに男らしく成長しはじめた頃、同じ身体の中にいる女の子のカナメにとってはそれが大きな苦痛となりはじめたのです。

「自分は女なのに、顔立ちも、体つきも、声も、いっそう"男"になっていく…」

想像してみてください、男なのに女性の身体をもつ自分、女なのに男性の身体をもつ自分。

それに加えて、男友達と男ならではの付き合い方、そして生き物に対する行為、カナメにとっては苦痛ばかりが重なっていきました。実際、ケンジがその小さな生き物にいたずらせざるをえない苦境だったとき、「その女の子に強く止められた」と話していましたが、友達仲間から孤立してしまう恐怖さには勝てなかったそうです。

これまで役割分担をしバランスをとっていたケンジとカナメは、こういった状況でバランスが崩れていくことになり、「男らしく」振る舞わないと孤立してしまうことを恐れていたケンジにとって、女性らしさを担い男友達との付き合いを拒んでくる「女の子」の存在が邪魔になってきたのでした。

そしてケンジは、この「女の子」の存在を封印し、閉じ込めました。

男らしく振る舞うことが必要な自分にとって女の子の感性は不要となり、男友達の仲から孤立しないよう努めていくわけです。「自分の力で乗り越えていけるようになった」と当時のケンジはそう思っていたようですが、実はこの頃、本人の気付かないうちに新たな"同じ身体の中のもう1人の自分"が生まれていたのでした。

「男らしく」振る舞っていくことがその頃のケンジにとって『生きる』術、

しかし誰より優しさも兼ね備えたケンジにとって、ときには過剰な「男らしさ」を振る舞わなければならない状況が苦であり、それを拒否すれば孤立してしまうという恐れを抱き、心の内では苦痛が募っていったのでしょう、その頃に『タケシ』という人格が生まれました。

タケシは、女好きで酒好き(現在は飲んでいない)、話し方もヤンキー口調でめんどくさがり、されど、一見悪そうで義理堅い、そんな性格の持ち主。おそらく、「男らしく」振る舞うことに苦痛を抱くこともあるケンジにとって、タケシが代わりに振る舞ってくれれば苦痛を抱くことなく、男友達の仲から孤立してしまう怖さから解放されたのでしょう。

ケンジは「この頃の記憶がほとんどない」と言います。そして後に「この頃はオレがほとんど表にいた」とタケシから聞くことになりました。

幼少から小学生の頃に「女の子」カナメと役割分担をして乗り越えていたケンジは、思春期を迎えた頃から、自身の気付かないうちにカナメと正反対の性質をもったタケシと共存して苦痛から逃れていったわけです。